『同朋新聞』御遠忌テーマ“ボディー・コピー”集

2018年10月号

目標を掲げなくても、達成しなくても、
「そのままでいい」という世界が誰の上にもひらかれていた。

志慶眞 文雄

2018年9月号

自分の気持ちが、どんな人とつながったのか
どんな状況にあったのかということも
食べ物のおいしさをつくっている。

藤原 辰史

2018年8月号

大きな世界が与えてくれた今ここにいる自分を
自分が決めた条件を超えて、好きでいられたらいいですよね。

山元 加津子

2018年7月号

みんな誰かの何かになっているし、誰かの何かに支えられている。

山元 加津子

2018年6月号

人間の知というのは、常に危険性を帯びているということです。

飛岡 健

2018年5月号

南無阿弥陀仏を生きるということは、
目の前の人と寄り添うことと同義なんだなと感じました。

嶽本 あゆ美

2018年4月号

教えに向き合うということは、普段見えなくなっている問題から問われ、
それを確かめ続けることなんだと思います。

藤井 敏夫

2018年3月号

お互いの中に響き合う関係性がつくれる力があって
引き出し合っていく
これが生きていく上で何よりも大切なんだと思います。

金森 俊朗

2018年2月号

一番大切なことは、自分にとってとことん大事なんだぞということが感じられることです。
学びって結局自分が見えてくるかどうかです。

金森 俊朗

2018年1月号

動物園は、
動物のデータでは見えない部分、
感性やいのちを感じられる
場所であると思うんです。

坂東 元

2017年12月号

動物は常にお前の価値観は何だと
問いかけているように思います。

坂東 元

2017年11月号

私たちは、環境や条件を変えて満たそうとしますが、
親鸞の教えというのは、 そういう方向ではありません。
自分がおかれたどんな環境も受け止めて生きていける
大きな世界が開けるという、ダイナミックな教えです。

安徳 陽一

2017年10月号

親鸞の教えのポイントというのは、自己の正体を掘り下げられるということだと思うのです。

安徳 陽一

2017年9月号

被爆樹木は静かで
小さな存在かも知れませんが、
存在そのものの尊さを
呼びかけている。

石田 優子

2017年8月号

小さい子どもさんを見ると、
この子たちがいい明日を迎えて、
本当に生きていてよかったと、
にっこり笑えるような国にしたいし、
世界中が平和であるようにと願っています。

澤地 久枝

2017年7月号

事実を直視するからこそ、
現在の平穏な生が楽しめる。
「死を意識するからこそ輝くいのち」が存在する。

梅澤 充

2017年6月号

煩悩があるから南無阿弥陀仏に出遇えるんや。煩悩に手をあわせんならんよね、私たちは。

西川 和榮

2017年5月号

豊かだけれどむなしい。
このむなしさって
どこから来るのだろうか。

金丸 重幸

2017年4月号

「私」の前に、
大地が私を支えているという感覚を
取り戻すことが大切です。

金山 秋男

2017年3月号

重要なのは、自分と宇宙の関係がまずあって、
自分がどう生きるかです。

福島 智

2017年2月号

条件を超えて生きていける、そういうものとの出遇いが人生ですごく大切なことと思います。

田口 弘

2017年1月号

人と人との関わり合いがひらく「場」の力はすごく大切だと思います。自分が頷けることというのが「場」の力として展開していくのです。

山田 幸子

2016年12月号

本当に、父ありてこその人生だと思います。

林 力

2016年11月号

たのむべきは念仏以外ない。
ひとりでも念仏を心から喜び合う場を開きたい。

山中 五郎

2016年10月号

こういう社会だからこそ、誰もが心の奥底で
教えを強く求めている。

鵜飼 秀徳

2016年9月号

いのちについて考える種を蒔き続けたい。
そうすれば、いつか芽が出て、
いのちと向き合うことがあると思うんです。

うさ

2016年8月号

亡くなった方は、いろんな思いをもって
今もわれわれに呼びかけてきていると思うのです。

大田 昌秀

2016年7月号

絶対に日本が戦争をする国になってほしくない。

大田 昌秀

2016年6月号

いい時も悪いときも
人間が生きていく土台とは何かを
教えてくれるのが真宗です。

黒沢 大司

2016年5月号

自分の思いを破って
自分に教えが今届いたという、
歴史への深い感動が大切です。

畠中 光享

2016年4月号

光の中を歩いている時、
いつもちょっと陰(かげ)のことを思ってほしい。
陰の中を歩いている時、
光の世界があることを信じてほしい。

あまん きみこ

2016年3月号

人は死んだら終わりではない。
その人を思えば多くの問いをいただける。

笹原 留似子

2016年2月号

寄り添うというのは、してあげるのではなくて、
むしろ、寄り添うことができないという、
何もできない自分を受け入れた時に
初めてできることだと思う。

藤井 美和

2016年1月号

自分の死と向き合うことで、
まったく違う世界観が生み出される。

藤井 美和

2015年12月号

誰もが死を避けられない。
私は今、一体何を大切に生きているのだろう。

2015年11月号

大いなる世界とは何か

結城 幸司

2015年10月号

人間は言葉に出遇い、
言葉に導かれていくのです。

結城 幸司

2015年9月号

如来の誓願不思議にたすけられて、はじめて人間は人生の
根本課題に目覚めてくる。

高 史明

2015年8月号

人間ということを考えるにあたって、
「自然(じねん)を本当の意味で見直すことができるか」
ということが大事である。

2015年7月号

人がおらな、
生きていかれませんよ。
人はいいものですよね。

田中 早智子

2015年6月号

この世に、ぶれない確かなものが
一つだけあるとすれば、
それは「流転する自然界」なんだと思う。

上田 勝彦

2015年5月号

私も、彼女たちも、
地平上につながっている人間同士で、
社会の一部、世界の一部なんだと思う。

坂上 香

2015年4月号

「見捨てられる」ことで
人はどれだけ傷つき
人間性が失われてしまうのか

坂上 香

2015年3月号

どんなに悲しくてつらかったとしても、人は、何かに支えられて生きている。

やなせ なな

2015年2月号

お念仏の人は、過去にとらわれずに、現在の自分を受け止めて、新しい一歩を踏み出す力を与えられている。

金光 寿郎

2015年1月号

いのちのはたらきは無限大で、
人間の判断以前のものなんです。

金光 寿郎

2014年12月号

私たちがすべきことは、
何も起こらないと考えるのではなく、
起こり得るということを前提にして、
その人たちが困っていることに
目を向けることだと思います。

村田 三郎

2014年11月号

私たちの口に入る時は、
米、みかん、レタスなどと形を変えていますが、
考えてみれば、これは姿を変えた「土」なんですよね。

山下 惣一

2014年10月号

花を一本折るのは簡単でも、
春が来るのを誰も止められないように、
いろいろな歴史を経巡ってきたけれども、
いのちの働きはこれまで続いてきたし、
これからも続いていく。

広田 奈津子

2014年9月号

ねえみんな
ねえ大人たち
僕らのあやまちを大地は見ているよ
小さな者たちを言葉が惑わす
大きな者を追って踏み外しちゃいけない
足は大地についている

映画「カンタ!ティモール」アレックスの歌より

2014年8月号

原爆が落とされた時の衝撃、恐怖、惨状。
多くの人が苦しみぬいて死んでいったありさまは、
絶対忘れられないことです。

関 千枝子

2014年7月号

人間の歴史の中で、ずっと繰り返されてきた悲しみと涙、そういう底知れぬ悲しみの叫び、声なき声の結晶が、日本国憲法だと思う。

平塚 淳次郎

2014年6月号

戦争によるすべての人の悲しみと
憲法9条を保持してきた人の努力や思いに
光があたればいいな

鷹巣 直美

2014年5月号

凡夫であるという共通の大地から
関係が開かれてくる

2014年4月号

人と人との関係の中で育まれ、高められていく。
それが人間の営みではないでしようか。

佐々木 賢

2014年3月号

まだまだ終わっていない。
問題を抱えたまま、これからも続いていく

園 子温

2014年2月号

人間の知恵・努力では
どうにもならないことがある。

後藤 一磨

2014年1月号

自分の存在を超えた大きなものの中で生きている。

細谷 亮太

2013年12月号

人間は、不思議な縁の中で生きている。

細谷 亮太

2013年11月号

他人のことは、わからない部分もあるし意見が違うこともある。でも、そのことを知ることで、初めて独立し、主体性をもった人間同士として付き合える。

國府田 隆夫

2013年10月号

毒死列島 身悶えしつつ 野辺の花

石牟礼 道子

2013年9月号

どうしようもない人間の苦悩。
その苦悩において、人は人に返されていく。

2013年8月号

あらゆるいのち生きるものの中で
人間だけが罪の感覚をもつ。
そしてその罪に苦しむのも人間だけだ。
だがそのことによって
一体人間に何が求められているのか。

2013年7月号

殺人事件の被害者遺族の一人ひとりが何を感じ、
何を求めているのか、本当のところに耳を傾けてほしい。

原田 正治

2013年6月号

人の世にいのちのぬくもりあれ、
人間にいのちの輝きあれ

藤元 正樹

2013年5月号

外から批判することは難しくないかもしれないが、それを自分の問題として受け止められないという人間の悲しみがあるのではないか。

同朋新聞5月号 2ページ

2013年4月号

「本当に尊いこと」と出遇う場がここにある。

2013年3月号

どれだけ背を向けても、
ふと振り返れば四六時中
如来さまは呼び続けてくださっていた、
私は願われ続けていたのです。

宮西 久枝

2013年2月号

迷いや悩みを抱え続ける。
それが生きるということ。

塚本 千秋

2013年1月号

迷いの中でしか生きられない。
そういう自分を、如来のまなざしで照らされた。

志慶眞 延子

2012年12月号

闇は光の収斂(しゅうれん)である。
「闇」は希望が失われた状態ではなく、
むしろ、希望があることを
もっとも強く表現している。

若松 英輔

2012年11月号

看取りは、いのちのバトンリレー。
いのちのバトンとは、亡くなる瞬間まで
その人がたくわえてきた、生き抜く力と愛情。
亡くなる人が代々受けついできたそのバトンを、
そばで看取ってくれる家族や大切な人たちに受け渡してくれます。
そうして、あなたの胸のなかに、
亡くなった人が生き続けられるのです。

國森 康弘

2012年10月号

他者の視点からの自己像を、自分自身の周りにつくりだして、
その像を生きる、それを「魂の植民地化」と呼んでいます。

安冨 歩

2012年9月号

世の中の出来事のほとんどは、
私たちが科学的と
思っていたような考えでは
まったく押えきれない。

安冨 歩

2012年8月号

戦場で誰が死んでいったのか、殺されていたのか。
私たちの国がしてしまった戦争の本質を聞いてほしい。

近藤 一

2012年7月号

時には自分を見捨ててしまう。でも、生まれてきてよかったとうなずきたい。

2012年6月号

授かったいのちいっぱいに生きるのがあなたの任務だと、勇気を持って生きていこうと励まし合うのが正しい援助です。お金やものをあげるのは大事なことだとは思いますが、人間の生き方を変えていき、尊さを失わずに歩んでいくことが大切なのです。

肥田 舜太郎

2012年5月号

弱さの中で 孤独に閉じこもるのではなく
弱いままで 開かれていく世界が 私には必要

綾屋 紗月

2012年4月号

人はすべてのいのちとつながっている。そのつながりを断ち切るのが原発です。
原発はいのちにとって、生きるものにとって天敵です。

本橋 成一

2012年3月号

一番大切なことは、
この世界がどうなっているのかということを自分の中から
考えていくことではないかと思う。

高橋 源一郎

2012年2月号

償いきれないという深い感覚のところに、人間が抱える罪の問題の本質がある。

「人間といういのちの相」より

2012年1月号

システム化され制度化された社会に人間がいない。
五獨の中にこそ人間が求められている。

緒方 正人

「人間といういのちの相」より

2011年12月号

誰かの命を削らなければ動かない原発をどうか止めてほしい。

嶋橋 美智子

「人間といういのちの相」3ページより

2011年11月号

政府や県、電力会社を批判していくことも大事だが、
それだけでは本当に大事なことが見えなくなる。

飯舘村のある村民の言葉

今回は、2、3面の「人間といういのちの相」から言葉を引用しました。

2011年10月号

実りの秋。
黄金色の稲穂が風に揺れる。
「おいしいお米を」。
人びとは、その一心で、土を耕してきた。
私たちのいのちを生かす美しき原風景。

原子力発電所の事故は、その一粒の米を奪っただけではない。
稲穂を育んできた大地を、
人びとが一粒に込めた愛情を、
その土地に生きてきた人のつながりを、
暮らしの歴史を奪った。

多くの人びとが住みなれた土地を突然追われ、帰るあてもない。
汚染地域にとどまる人びとの放射線被害に脅える日々は続く。

これは一体誰の罪なのか。

今、福島が、人間の事実を私たちに投げかけている。

2011年9月号

自分がこの場所に生きていることによって、社会が成り立っているんだという実感がもてなければ、自分を支えることができなくなる。

中島岳志

※2〜3ページより

2011年8月号

次の世代へ、とはおこがましいけれども
なんとか親鸞さんの教えがはたらいていってほしい
なんとか……

吉田迪子

今回は同朋新聞のなかから、大垣教区圓徳寺ご門徒の吉田迪子さんの言葉を取り上げました。

2011年7月号

暮らしには笑うことが満ちている。そのことに敬意を持ったらいい。

徳永 進

7月号はボディーコピーの掲載はありませんが、連載「人間といういのちの相」から徳永進氏の言葉を掲載します。

2011年6月号

花は根が張っていれば必ずまた咲きます。
寺は津波で失った人が集う場、何として寺を復興させたい

大友 一雄

6月号はボディーコピーの掲載はありませんが、大津波で寺院が全壊した仙台教区海楽寺総代の大友一雄さんの言葉を掲載します。

2011年5月号

被災された方々に思いを馳せ、悲しみを共に…

2011年4月号

進歩発展を疑ってもみない私たちの日ごろの心の無明性を厳しく教えてくださるものは、如来のはたらきにおいて他にありません。

安原 晃

4月号はボディーコピーの掲載はありませんが、「被災者支援のつどい」での宗務総長の言葉を掲載します。

2011年3月号

「隣る人」(そぱにいる人)は、たとえ遠くに離れても、あるいは亡くなったとしても、「隣る人」であり続けるのです。

真城 義麿

3月号はボディーコピーの掲載はありませんが、連載「人間といういのちの相」から真城義麿氏の言葉を掲載します。

2011年2月号

星子を見ていると、どうしても問いだらけで、答えが得られるとは思えない。
ただ、見ていると、だんだん星子が透明になって、
いのちだけで居座っているような感じがする。

最首 悟

2011年1月号

一人ひとりが 自分の生と死の物語を 展開していけばいい

帯津 良一

2010年12月号

死ぬな生きろという内なる肉の声を聴くことは、
春の陽が
そこに
座れという
肉にやさしく降り注ぐ陽射しの声を聴くことと、ついには同じことである。

藤原 新也 『死ぬな生きろ』 より

2010年11月号

死の近くに生きている人は、そうでない人とは違う言葉や仕草をもっている。

徳永 進

2010年10月号

学校のいいところ
相談にのってくれる先生や友達がいる
いつもの教室
いつもの勉強
いつもの中休み
いつものことを
いつものように
いつもの通りに
全部がいつもあるから学校に行ける
けんかがあっても、いじめがなければ大丈夫
いつものことがこわくなると
学校には行けない
私はいつものことが楽しいから
学校に行ける

小沢 牧子

2010年9月号

一緒にめぐりを重ねて、
また一つ年を取る。
みんなで生きている、
そのめぐりを共有する。
それは一つの安心感でもある。

『「心の専門家」はいらない』(小沢牧子著)に引いた小学生の詩

2010年8月号

年を取るということは、一人でできることがどんどん減り、
人の助けを借りないことには毎日の生活すらままならない。
そして最終的には一人でできることがゼロになる。
自分ではどうにもならないものが、
どんどん増えていくという感覚。
老いの感覚は深く人間に問いかける。

鷲田 清一

2010年7月号

上と下にしか人がいなくて、横に人がいない社会。
いつも上の人から「お前なんか」と言われ、
自分も下の人に「お前なんか」と言い続ける。
こんな社会でいったい誰が幸せになれるのか。

湯浅 誠

2010年6月号

いつでも
どこでも
あなたの受けとめ手として
私は居続けているんですよ、という
如来からのメッセージ

芹沢 俊介

2010年5月号

人は生まれた時から自らが選ぶことのできない境遇に投げ出され、苦の現実に遭っていき、そして死んでいく。その中で私たちは何を願い、何を願われて生きるのか。

2010年4月号

ぼくらは、
本当は何を求めているのだろう

2010年3月号

悩んでいる人がいて初めて
教えが教えとなり
また教えがあって初めて
本当の生活になる

2010年2月号

人の死をとおして
受けとめてゆくべき言葉。
それは
『人は生きた』
ということ。

2010年1月号

人はそれぞれ
悲しみやつらさを抱えながら
誰かを愛したり支えたりして
生きている

天童 荒太

2009年12月号

あんたと出会えてよかった。

小林 年子

2009年11月号

病や死に直面して見えてきた
「今、生きる」ということ
そして、そこには他者がいた

藤川 幸之助

2009年10月号

他者を支えている自分が、
実は他者から支えられていた

藤川 幸之助

2009年9月号

今、どういう人たちが
どのようにして
死んでいっているのか。
これをつぶさに見ていく。

清水 康之

2009年8月号

私たちは、思いどおりにならない
生老病死する身を生きている。

門脇 健

2009年7月号

過去は死者がつくってきた。
その死者の声を聞くことで、
歴史はつながってくる。

門脇 健

2009年6月号

病む身は病むにまかせて
現前のいのちの問いに生きなんとす

和田 稠

2009年5月号

世界という他者は、
私が向き合うから現れる。

高村 薫

2009年4月号

木づくりということ。
木を建材にする。
これには木との対話が大切なんです。

出蔵 喜八

2009年3月号

勝つために生まれてきたわけではない。
負けるために生まれてきたのでもない。

田口 弘

2009年2月号

「こんなはずではなかった」ということが、
人間にとって
一番つらいことかもしれない。

田口 弘

2009年1月号

私といっしょに
お念仏さまもいてくださる
この我執といっしょに
ついていてくださる

井田 ツル

2008年12月号

もっとも惨めで
もっとも闇だと思った時こそが
あなたのもっとも尊く生きた時

穂積 純

2008年11月号

人間であることの厳粛さ
人間であることの尊さ
人間であることの難しさ

2008年10月号

つながる場所が
あるということ

2008年9月号

私の声を聞いてください。

2008年8月号

人が死ぬことを願う人生なんて
送ってほしくない。

森 達也

2008年7月号

いま現実に
死刑になる人が
目の前にいる。

森 達也

2008年6月号

凡夫を生き抜く立脚地

2008年5月号

組織の目標、人間関係
厳しい現実‥‥。
私たちはその狭間で、
もがき続けるのか‥‥。

橋口 茂

2008年4月号

いま思うと、父を看取った半年間は本当に楽しかった。
それがなければ知り合うことのできない人たちとたくさん出会ったし、
医療現場の方とすごい喧嘩もしたけど、
どうやって人を看取るか、人をどう看護するかということを、
あれほど真剣に議論した日々はなかった。

田口 ランディ

2008年3月号

コレガ人間ナノデス
原 民喜

コレガ人間ナノデス
原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ
肉体ガ恐ロシク膨張シ
男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル
オオ ソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ
爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ
「助ケテ下サイ」
ト カ細イ 静カナ言葉
コレガ人間ナノデス
人間ノ顔ナノデス

『日本の原爆文学〔1〕原民喜』 ほるぷ出版

2008年2月号

人は誰でも帰る場所を探している

2008年1月号

不安と希望は、裏表にあるのではなく、
不安を抱えながら、
そこに喜びを見出していくことが大切です。

浜田 晋

2007年12月号

生まれて初めて 共感ということを知った。
そのことが私には衝撃でした。

倉田 めば

2007年11月号

生きる場を失ったら いのちは生きられない

2007年10月号

受け入れられない
自分(人間)を引き受けて
立ち上がっていくこと、
それは本願力を
感じることによって
おこるのです

2007年9月号

“わからない”ということは、知っていることよりずっと大きい

江崎 満

9月号は、江崎満さん作の御遠忌テーマの版画が大きく掲載されていますので、2-3ページの中から江崎さんの言葉を取り上げてみます。

2007年8月号 (1)

子どもは「間違い」を
繰り返しながら、
ゆったりと育っていくことが大切。

大日向 雅美

2007年8月号 (2)

いのちには
自ら育つ力がある。

〓見 美智子
※ 「〓」は「鶴」の異体字。

2007年7月号

当たり前に思える
すべてのことが
信じられないほど
素晴らしい

難波 教行

2007年6月号

信じ込む、思い込むということが
人生に対する
不安という闇を作り出す

高城 俊郎

2007年5月号

思い込むということが人生に対する不安という闇を作り出す。

高城 俊郎

5月号は能登半島地震の特集のため、ボディーコピーの掲載はありませんが、連載「人間といういのちの相」から高城俊郎氏(弁護士)の言葉を掲載します。

2007年4月号

わたしは
“生きている”ってことを
感じていたい。

2007年3月号

人間は悲しい。
だから人は、
一人では生きられない。

2007年2月号

自分の人生は
自分の意思どおりに
なるのではなく
向こうからやって来る

三好 春樹

2007年1月号

これまでの医療は
今日より明日、
明日より明後日が
よくなるという世界なんですが、
介護は違います。
今日が一番いいんです。

三好 春樹

2006年12月号

水俣で生まれた子どもたちは、私たちに何を伝えてくれたのでしょうか。

「奇形や障害がある人間は生まれてこないほうがいいのでしょうか」
「障害がある人間は劣っているのでしょうか」
「障害がある人間は不幸なのでしょうか」
「女性が子どもを産みたくない、産む気にならないという社会は、幸せな社会といえるでしょうか?」
「そもそもなぜ、こんなことが起こらなければならなかったのでしょうか?」

宮崎 和加子 『愛しき水俣を生きる 訪問介護の源から』 より

2006年11月号

だれかに あいたくて
なにかに あいたくて
生まれてきた───
そんな気がするのだけれど

それが だれなのか なになのか
あえるのはいつなのか───

おつかいの とちゅうで
迷ってしまった子どもみたい
とほうに くれている

それでも 手のなかに
みえないことづけを
にぎりしめているような気がするから
それを手わたさなきゃ
だから

あいたくて

工藤 直子 「あいたくて」

2006年10月号

自分自身の肌で感じるものが
こころの中に届くからこそ
いのちが見えてくる

大河内 祥晴 さんのメッセージから

2006年9月号

何もしないでも
何もできなくても
ここにいてくれる方が
よっぽどうれしい

大河内 祥晴 さんのメッセージから

2006年8月号

人は必ず死ぬのだから
いのちのバトンタッチかせあるのです

死に臨んで先に往く人が
「ありがとう」と云えば
残る人が
「ありがとう」と応える

そんなバトンタッチがあるのです

死から目をそむけている人は
見そこなうかもしれませんが
目と目で交わす一瞬の
いのちのバトンタッチがあるのです

青木 新門 「いのちのバトンタッチ」

2006年7月号

どんなに辛く
悲しいことに出会っても
いのちいっぱい生きてほしい
そう あなたは願われています

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