あなかしこ 「門徒倶楽部」機関紙

あとがき

10月8日は、私の大切な恩師の一人であるT先生のご命日でした。気性の激しい方が多かった大谷専修学院の講師陣の中にあって、T先生は穏やかな微笑を絶やさない「異色」の存在だったのですが、その口癖は「如来に救われた者とは、「簡ばず・嫌わず・見捨てず」という如来の願いを実現しようとする人ですよ」という厳しいものでした。しかも、決して理想論を説くだけにおわらず、実践されるお姿をいつも私達に示して下さる方だったのです。しかしそれは、この単純な課題が、日常生活の中ではいかに難しいかを教えていただくことでもありました。

私は卒業後も、T先生には何かと相談に乗っていただいたのですが、いつも「あなたの意見は聞き飽きました。如来はあなたに何をして欲しいと願っておられるのかね? 親鸞聖人に教えていただきなさい」と叱られていました。そんな先生に、一度だけほめていただいたのは「ボーズバー」を開店するという「暴挙?」を報告した10年前でした。「娑婆に生きている人たちと一緒に、苦労しながらお念仏を申す人になれたら本物ですよ」と。

先生がお浄土にお還りになってから、4年の歳月が流れました。もう何もかも投げ出して逃げてしまいたくなるような嫌な出来事は、日々枚挙にいとまがありません。その度に、先生からいただいたお言葉を思い出し、改めて噛みしめております。

この原稿は、九州の小倉駅前にある安宿の一室で書いています。明日は京都へ行き、先生のご命日法要にお参りさせていただく予定です。今の私が先生に出来るのは法要をご縁として親鸞聖人の教えを聴聞することだけです。でもこんなことを書くと「あなたの考えを裏付けるための聞法ならなんにもなりません。かえって毒ですよ」という先生の優しいお声が聞こえて来るようです。

(田口弘〔釋弘願〕 四十九歳)

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