門徒随想

スウィングと念仏と

映画館で同じ映画を2回見たことなどなかった私が、今初めてそういう体験をしている。いや、2回では飽き足らず、現時点ですでに4回見に行っている。9月11日に公開された『スウィングガールズ』という映画である。

舞台は東北地方の田舎町。夏休みの補習組の女子高生たちが、ひょんなきっかけからビッグ・バンド・ジャズを始めることになる。最初はまるっきりやる気のなかった彼女たちが、やがて音を奏でる楽しさに目覚めてのめり込んでゆく様子を、テンポのいいコメディ・タッチで軽妙に描く。台詞はほとんどが東北弁だ。

出演者たちのほとんどは実際、楽譜も読めない初心者だったのだが、撮影期間中に猛練習を積み、最後にはかなりまともに演奏できるようになった。劇中での楽曲演奏はすべて出演者自身による。

さて、この映画、実はそう大した出来ではない。ストーリーは単純な青春ドラマ。強引すぎて辻褄の合わない展開。まるでマンガで、どこの映画祭に出しても賞は取れないだろう。映像的に特にきれいという訳でもない。出演者たちが美少女ぞろいという訳でもない。

私にはピアノとバリトン・サックスの経験があるので、映画の随所に出てくるエピソードに共感できるということは確かにある。しかし、それだけでは4回も見ようという気にはなれなかったと思う。また、彼女たちの演奏は平均的な高校のブラス・バンドの水準にすぎず、高いカネを払って何度も映画館で聴くほどの価値はない。

では、一体なぜ私はそんなに『スウィングガールズ』にはまり込んでしまったのか。この映画の何がそんなにいいのか。考えてみれば単純なことだった。とにかく、理屈抜きにおもしろくて楽しいのだ。

音楽好きの私には、「音楽を聴くなら、いい音楽を聴きたい。いい音楽でなければならない」という欲求がある。けれども『スウィングガールズ』は、そんな私の「いい音楽」という指向を根本から突き崩してくれる。なぜか。とにかく、理屈抜きにおもしろくて楽しいのだ。

彼女たちの姿は、「音楽って、演奏するほうも聴くほうも、おもしろくて楽しいもんだべさ」というメッセージを強烈に送ってくる。幼少期、音楽を始めたばかりの頃に抱いていたあのワクワク感を、眠っている意識の底から呼び戻してくれるのだ。

『スウィングガールズ』のクライマックスは、ベニー・グッドマンの演奏で有名な「シング・シング・シング」。トランペットのソロが迫力不足だとか、テナー・サックスのソロがぎこちないとか、そんなことはもうどうでもいい。とにかくおもしろい。楽しい。思わず彼女たちの演奏に合わせて、裏拍で体を揺らしている私がいる。

お念仏もこれに似ているかもしれない。自分の頭で考えていても分からないが、外から真実に照らされた時に内から呼び覚まされる。

「お念仏は、報恩謝徳のお念仏でなければいけません」─。そんなご忠告は大きなお世話です。お念仏って、呼びかけるほうも称えるほうも、訳もなく歓べるもんだべさ。座談でいくらゴチャゴチャ言ったって、口から出ちゃうお念仏に屁理屈はいらねぇべさ。もっとも、ふだんの私は少しもそんなふうには思っていないのだけれど。

谷口裕 (フリーランス、35歳)