あとがき

新しい年を迎えた。新年というと、以前は気持ち新たに歩んでいこうという意欲とか雰囲気があったものだが、今はどこかで「どうせ、こんなもんだろう」という虚無感が漂っているように感じる。希望の持てない時代になったということだろうか

自衛隊がイラクに派遣される。少し前まで、だれがこんなことを予想しただろうか。作家の辺見庸氏は、現代の状況は1930年代に似ている('31年より十五年戦争{満州事変〜1945年}が始まる)と指摘している。似ているとは性質ではなく、時代と向き合う我々の眼だという。危機感の欠如ということだろうか、社会全体が付和雷同になっている

教育基本法が改正(正確には改悪)されようとしている。宗教教育について盛り込むということについては危惧の念をいだく。宗教教育は必要である。しかし、この風潮のなかで、安易に宗教教育について盛り込むことに賛成すること、つまり改正を支持すれば、単に体制維持の道具に使われてしまうだけだ。もっと言えば、教育基本法改正の次は憲法改正という流れまで見据えて、慎重に対応しなければならないのではないか。ここにも時代と向き合う我々の眼が問われている

確かに戦後民主主義の歩みがすべてよかったとは言えない。だからといって戦前がいいということではない。戦前か戦後かという議論に陥りやすいが、現実べったりでもない、戦前でもない、もうひとつの道を模索する時代ではないか。その道を模索するうえで、時代と向き合う我々の眼を見つめるもうひとつの眼が必要ではないか。仏教が、「如来の智慧の眼」と表現してきた深い真意をいただいていきたい。

(住)